
トラブルが起きたとき、真っ先に「自分のせいだ」と考えてしまう。
「自分が始めたことだから、自分がなんとかしなきゃ」と、誰にも相談せずに走り回る。
気づけば睡眠を削り、食事もおろそかになり、それでも状況はよくならない。
責任感の強い人ほど、こんなふうに一人で抱え込んでしまいがちです。そして、抱え込めば抱え込むほど、なぜか空回りしていく。
実はこれ、あなたの性格や能力の問題ではありません。強いストレスにさらされた脳は、視野がぎゅっと狭くなり、「一人でなんとかする」以外の選択肢が見えなくなるようにできているのです。
とろLaboで連載中の小説『見えない私が、隣にいたら ―白猫怪談―』の第三章に、まさにそんな人物が登場します。
喫茶店ビリーブの店主で、商店街の商工会会長でもある光一です。町では、商工会のホームページに上げた祭りの写真が「見ると倒れる」と噂され、出店のキャンセルが相次いでいます。写真に写っているのは、光一の娘のあやめ。そのあやめ自身も、交差点で倒れてしまいました。
第二章では、徹夜で写真を差し替え続けた光一が、何千回と作ってきたオムレツを焦がしてしまいます。そして第三章の夜、バー・ネミッサで、光一はこう言い出します。
「全部、俺が始めたことだ。だから、俺がなんとかしなきゃならない」
――光一(第13話)
そんな光一を、バーのマスター・咲が一喝します。
「会長の仕事は、一人で走り回ることじゃない。全体を見て、誰に何を任せるか決めることよ」
――咲(第13話)
なぜ、思い詰めた人は一人で抱え込み、視野を狭めてしまうのでしょうか。今回は、脳科学と心理学の研究から、その仕組みと抜け出し方を見ていきます。
ストレスがかかると、「考える脳」がオフラインになる
私たちの脳の前のほうには、「前頭前野(ぜんとうぜんや)」と呼ばれる領域があります。
計画を立てる、優先順位をつける、衝動を抑える、いくつかの情報を頭に置きながら考える。そうした、いわば「司令塔」の役割を担う場所です。
アメリカ・イェール大学の神経科学者エイミー・アーンステンは、この司令塔が、ストレスにとても弱いことを明らかにしてきました(Arnsten, 2009)。
自分ではどうにもならないストレスを感じると、脳の中ではノルアドレナリンやドーパミンといった物質が大量に放出されます。すると、前頭前野のネットワークは弱まり、いわば「オフライン」になってしまいます。代わりに主導権を握るのが、恐怖や不安に素早く反応する「扁桃体(へんとうたい)」などの、より原始的な回路です。
危険が迫ったときに、考えるより先に体が動くのは、この切り替えのおかげです。ところが、町の祭りをどうするか、といった複雑な問題を前にしたときには、この切り替えが裏目に出ます。じっくり考え、全体を見渡すための司令塔が、いちばん必要なときに働かなくなってしまうのです。
しかもアーンステンによれば、ストレスそのものが小さくても、「自分ではコントロールできない」と感じるだけで、同じような変化が起こりうるといいます。
危機のとき、人の視野はトンネルのように狭くなる
ストレスは、ものの見え方にも影響します。
1959年、心理学者のイースターブルックは、人は脅威を感じると注意の範囲が狭くなり、目の前の重要なものにだけ集中するようになる、という仮説を立てました(Easterbrook, 1959)。その後の研究でも、恐怖や不安を感じさせる刺激が、注意の範囲を絞り込むことが報告されています。
猛獣に出くわしたとき、まわりの景色を眺めている余裕はありません。目の前の危険にだけ集中するのは、生き延びるための大事な仕組みです。
でも、現代の悩みの多くは、猛獣のように一点を見つめれば解決するものではありません。視野が狭くなった光一の目に映っているのは、「自分が走り回って、なんとかする」という一本の道だけ。すぐそばに、手を貸してくれる仲間たちがいることが、見えなくなっています。
見たくない情報から、無意識に目をそらしてしまう
視野が狭くなるだけではありません。追い詰められた人は、都合の悪い情報そのものを避けてしまうことがあります。
小説の第12話、商工会の会合の場面で、光一は真島がまとめた報告書の、最後のページを読み飛ばそうとします。そこには、聞きたくない内容が書かれているかもしれないからです。
この心のくせは、「ダチョウ効果」と呼ばれています。危険が迫ると、ダチョウが砂に頭を突っ込んで見ないふりをする、という俗説にちなんだ名前です(実際のダチョウは、そんなことはしないそうですが)。
アメリカ・カーネギーメロン大学などの研究チームは、スウェーデンとアメリカの投資家が、自分の資産の口座にどれくらいログインしているかを調べました(Karlsson ら, 2009)。すると、相場が上がった後は口座をよく確認するのに、**相場が下がったり横ばいだったりした後は、確認する回数が減っていました**。
悪い知らせかもしれないと思うと、人は、それを確かめること自体を避けてしまう。けれど、見ないふりをしている間にも、問題は静かに大きくなっていきます。
「全部自分のせい」は、責任感ではなく視野の狭さ
ここまでをまとめると、思い詰めた人の頭の中では、こんなことが起きています。

【一人で抱え込む悪循環】
① 「自分のせいだ」「自分ではどうにもならない」と感じる
↓
② 考える脳(前頭前野)が働きにくくなる
↓
③ 視野が狭くなり、「自分が動く」以外の選択肢が見えなくなる
↓
④ 都合の悪い情報からも目をそらす
↓
⑤ 一人で走り回るが、空回りして状況が悪化する
↓
⑥ ますます「自分がなんとかしなきゃ」と追い詰められる
↓
①に戻る
「全部自分のせい」「自分がなんとかしなきゃ」という考えは、一見すると強い責任感のように見えます。でも実際には、問題を「自分ひとりの中」に閉じ込めてしまう考え方です。そうすると、まわりにいる人の力や知恵が、計算に入らなくなってしまいます。
咲の言う「全体を見て、誰に何を任せるか決める」は、まさにこの狭まった視野を、外から押し広げる一言だったのです。
頼んでみると、思ったより人は引き受けてくれる
「でも、人に頼むのは迷惑をかけるようで気が引ける」。そう感じる人も多いはずです。
アメリカ・スタンフォード大学のフランシス・フリンらは、こんな実験をしました(Flynn & Lake, 2008)。参加者に、キャンパスで見知らぬ人に「携帯電話を貸してください」「アンケートに答えてください」とお願いしてもらいます。そして事前に、「何人に声をかければ、決まった人数が引き受けてくれると思うか」を予想してもらいました。
結果、参加者たちは、**必要な人数を約50%も多く見積もっていました**。実際には、予想よりずっと少ない人数に声をかけるだけで、引き受けてもらえたのです。寄付を集めるボランティアでも、同じように「断られる」ほうを多く見積もっていました。
フリンらは、頼む側が、頼まれる側の気持ちを想像できていないことが原因だと考えています。頼まれた側にとって、断ることは意外と気まずいものです。そして、はっきり頼まれたほうが、手を貸しやすい。それなのに頼む側は、「どうせ断られる」「遠回しに伝えたほうがいい」と思い込んでしまうのです。
一人で抱え込む人は、まわりの人の「手を貸したい」という気持ちを、実際より小さく見積もっているのかもしれません。
役割を割り振った瞬間、光一の焦りは消えた
小説の第三章の終わり、第18話で、立ち直った光一は、仲間たち一人ひとりに役割を割り振ります。
「皆、力を貸してくれ」
――光一(第18話)
その瞬間から、光一の焦りはすっと消えていきます。問題が解決したわけではありません。けれど、「全部を一人で背負う」から「みんなで分けて持つ」に変わったことで、司令塔としての光一が、ようやく戻ってきたのです。
自分ひとりの問題だと思っていたことを、まわりと分け合う。それは、責任を放り出すことではなく、問題を解決できる形に整え直すことなのです。
一人で抱え込みそうになったときの5つのコツ
1. 「全部」「自分だけ」という言葉に気づく
「全部自分のせいだ」「自分がやるしかない」と頭の中で言っていることに気づいたら、それは視野が狭くなっているサインです。本当に「全部」でしょうか。本当に「自分だけ」でしょうか。一度だけ、問い直してみてください。
2. 「自分にしかできないこと」と「任せられること」を紙に書き出す
頭の中だけで考えると、すべてが「自分がやらなきゃいけないこと」に見えがちです。紙に書き出して二つに分けると、思ったより人に任せられることが多いと気づきます。
3. いちばん見たくない情報から、先に見る
光一が読み飛ばそうとした報告書の最後のページのように、見たくない情報ほど、早く見たほうが結果的に楽になります。悪い知らせは、知らないままにしておくほど大きくなるからです。
4. 頼むときは、はっきり、具体的に
「何かあったら手伝って」より、「明日の午後、この書類をまとめてもらえる?」のほうが、相手は引き受けやすくなります。遠回しに察してもらうのを待つより、直接お願いしましょう。
5. 睡眠を削らない
睡眠不足は、ストレスと同じように、考える脳の働きを落とします。光一がオムレツを焦がしたように、徹夜で抱え込むほど、いつもの自分ではいられなくなります。「今夜は寝る」と決めることも、立派な問題解決の一歩です。
こんなときは、ひとりで抱えずに相談を
自分を責める気持ちが何週間も続く、眠れない・食べられない日が続く、何をしても楽しいと感じられない。そんなときは、心が疲れ切っているサインかもしれません。家族や友人、職場の相談窓口、かかりつけ医や心療内科など、話せる相手に早めに相談してください。
まとめ
- 「自分ではどうにもならない」と感じるストレスで、考える脳(前頭前野)は働きにくくなる
- 脅威を感じると、注意の範囲が狭くなり、「自分が動く」以外の選択肢が見えなくなる
- 追い詰められると、都合の悪い情報から目をそらしてしまう(ダチョウ効果)
- 人は、まわりが手を貸してくれる可能性を、実際より小さく見積もっている
- 「全部自分のせい」と思ったら、それは責任感ではなく視野の狭さのサイン。任せること、頼むことは、問題を解決できる形に整え直すこと
一人で抱え込んでしまうのは、それだけあなたが真剣だからです。だからこそ、そのまじめさを、自分を追い詰めるためではなく、まわりの力を借りるために使ってみてください。
あわせて読みたい
### 参考文献
- Arnsten, A. F. T. (2009). Stress signalling pathways that impair prefrontal cortex structure and function. *Nature Reviews Neuroscience*, 10(6), 410–422.
- Easterbrook, J. A. (1959). The effect of emotion on cue utilization and the organization of behavior. *Psychological Review*, 66(3), 183–201.
- Karlsson, N., Loewenstein, G., & Seppi, D. (2009). The ostrich effect: Selective attention to information. *Journal of Risk and Uncertainty*, 38(2), 95–115.
- Flynn, F. J., & Lake, V. K. B. (2008). If you need help, just ask: Underestimating compliance with direct requests for help. *Journal of Personality and Social Psychology*, 95(1), 128–143.
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