
同じ一枚の写真なのに、ある人には「ぐにゃりと歪んだ何か」が見えて、隣の人には何の変哲もない風景にしか見えない。怪談ではおなじみの場面ですが、じつはこの「見え方のズレ」、脳の働きからかなり説明できてしまいます。
とろLaboで連載中の小説『見えない私が、隣にいたら ―白猫怪談―』にも、まさにそんな場面があります。喫茶店ビリーブで、商工会のホームページに上がった祭りの写真を見たとき、光一とあやめには歪みが見えるのに、永輔には普通の写真にしか見えません。
「見る人によって全然見え方が違うらしいんだよ。俺みたいに何も見えない奴もいれば、ぐにゃぐにゃに歪んで見える奴もいてさ」
永輔(第1話)
今回は、この「見える人」と「見えない人」の違いを、脳科学と心理学の研究から読み解いてみます。
脳は「目に映ったまま」を見ていない
私たちは、目がカメラのように景色を写し取り、それをそのまま「見ている」と感じています。ところが実際の脳は、目から入ってくる情報(ボトムアップ処理)だけでなく、「これまでの経験」「知っていること」「いま予想していること」(トップダウン処理)を組み合わせて、「たぶんこう見えているはずだ」という像をつくっています。
19世紀の科学者ヘルムホルツは、知覚を「無意識の推論」と呼びました。脳は、手がかりの少ない情報から、いちばんありそうな答えを推測しているというわけです。この推測に使う「経験」や「予想」は人それぞれ違います。だから同じものを見ても、出てくる答えがズレることがあるのです。
一度知ると、もう元には戻れない
トップダウン処理の力がよくわかるのが、「ムーニー画像」と呼ばれる白黒の図です。1950年代にクレイグ・ムーニーという研究者が、子どもの形の見え方を調べるために考えたもので、写真を白と黒の二色だけに強く変換してあります。
初めて見ると、ただの黒いまだら模様にしか見えません。ところが、元になった写真を一度見せてもらうと、次からは同じ白黒の図の中に、動物や顔がはっきり浮かび上がって見えるようになります。しかも、一度見えるようになると、もう「まだら模様にしか見えなかった頃」には戻れません。
目に入ってくる情報はまったく同じなのに、「何が写っているかを知っているかどうか」だけで見え方が変わる。脳の画像研究でも、元の写真を見たあとは同じ白黒画像に対する脳の反応が変わることが報告されています。
世界中で意見が割れた「あのドレス」
「同じ写真が人によって違って見える」例として有名なのが、2015年にインターネットで大論争になったドレスの写真です。青と黒に見える人と、白と金に見える人に、くっきり分かれました。
アメリカの研究チームが約1,400人を調べたところ、見え方は「青と黒」「白と金」、それより少数の「青と茶」の三つのグループに分かれていました(Lafer-Sousa ら, 2015)。その後の研究では、この違いは目の性能の差というより、「この写真はどんな光で照らされているか」を脳がどう推測するかの違いで説明できる、という結果が出ています(Witzel ら, 2017)。
青っぽい影の中にあると脳が判断すれば、ドレスは白と金に。黄色っぽい照明の下にあると判断すれば、青と黒に。写真の情報があいまいなほど、脳の「推測のクセ」が見え方を大きく左右するのです。
壁のシミが顔に見える「パレイドリア」
心霊写真の話に欠かせないのが「パレイドリア」です。壁のシミや木目、車の正面、コンセントの穴などに、顔のようなものを見つけてしまう現象のことです。
2014年に発表された研究(Liu ら)では、本当はノイズしか映っていない画像を見せ、「顔が見えたら答えてください」と伝えました。すると参加者は、ノイズの中にしばしば顔を「見つけ」、そのとき脳の右側にある「紡錘状回顔領域(FFA)」という、本物の顔を見たときに働く場所が反応していました。さらに、前頭葉など「予想」に関わる領域も一緒に働いていたことから、研究チームは、顔の認識には強いトップダウンの要素があり、ほんのわずかな顔らしさがあるだけで「顔だ」と解釈されうる、と考えています。
つまり、「顔があるかもしれない」と思って見るだけで、脳は顔を見たときと同じように働き始めるのです。
「見える人」と「見えない人」の差はどこにある?
では、パレイドリアが起こりやすい人と、起こりにくい人がいるのでしょうか。フィンランドのヘルシンキ大学のチームは、超常現象を信じている人と懐疑的な人に、風景や物の写真を見せて「顔のような部分があるか」を判断してもらいました(Riekki ら, 2013)。
結果、超常現象を信じている人ほど、写真の中に顔を見つけることが多く、見つけた顔を「より顔らしく」「より感情がこもっている」と評価しました。ただし興味深いのは、見分ける能力そのもの(感度)にはグループ間で差がなかったことです。違っていたのは「これは顔だ」と判断するハードルの高さで、信じている人ほどハードルが低かったのです。研究者は、違いは「見る」段階ではなく「解釈する」段階にある、と説明しています。
なお、この研究は参加者が47人と少なく、差の大きさも控えめだという指摘もあります。「信じている人には必ず見える」というほど単純な話ではなく、「傾向として、判断の基準が少し違うらしい」くらいに受け止めておくのがよさそうです。
噂を聞いてから見ると、見え方は変わる
ここまでの話を、小説の場面に重ねてみましょう。祭りの写真を見る前に、光一たちはすでに「見る人によって歪んで見えるらしい」という噂を耳にしています。ムーニー画像で「何が写っているか」を先に知るのと同じように、噂は「歪みがあるはずだ」という予想を脳にあらかじめ渡してしまいます。
しかも写真は、明るさや色、圧縮のノイズなど、あいまいな部分をたくさん含んでいます。あいまいな情報と強い予想がそろえば、脳がそこに「歪み」を見つけてしまっても不思議ではありません。一方で、噂を気にしていない人や、判断のハードルが高い人には、ただの祭りの写真に見える。現実の脳の仕組みで考えるなら、そんな説明ができそうです。
……もっとも、小説の中の写真に本当に「何か」が写り込んでいるのかどうかは、また別の話。現実の脳の話はここまでにして、その答えは物語の続きで確かめてみてください。
まとめ
- 脳は目に入った情報をそのまま見ているのではなく、経験や予想で補って「見えるもの」をつくっている
- 「何が写っているか」を知るだけで、同じ画像の見え方が変わる(ムーニー画像)
- あいまいな写真ほど、脳の推測のクセで見え方が分かれる(2015年のドレス)
- ノイズに顔を見つけるとき、脳の「顔の領域」は本物の顔と同じように働く(パレイドリア)
- 見える人と見えない人の差は、目の性能より「これは○○だ」と判断する基準の違いにあるらしい
心霊写真に何かが見えてしまったら、それはあなたの脳が、少ない手がかりから一生懸命に意味を探してくれた証拠かもしれません。
参考文献
- Lafer-Sousa, R., Hermann, K. L., & Conway, B. R. (2015). Striking individual differences in color perception uncovered by ‘the dress’ photograph. Current Biology, 25(13), R545–R546.
- Witzel, C., O’Regan, J. K., & Hansmann-Roth, S. (2017). The dress and individual differences in the perception of surface properties. Vision Research, 141, 76–94.
- Liu, J., et al. (2014). Seeing Jesus in toast: Neural and behavioral correlates of face pareidolia. Cortex, 53, 60–77.
- Riekki, T., Lindeman, M., Aleneff, M., Halme, A., & Nuortimo, A. (2013). Paranormal and religious believers are more prone to illusory face perception than skeptics and non-believers. Applied Cognitive Psychology. doi:10.1002/acp.2874
- Gorlin, S., et al. (2012). Imaging prior information in the brain. PNAS.




















