大脳辺縁系とは?情動と記憶を司る「古い脳(本能)」の構造と役割

大脳辺縁系とは?情動と記憶を司る「古い脳(本能)」の構造と役割

はじめに

大脳辺縁系(Limbic System)とは、大脳の深部に位置し、人間の「情動(喜怒哀楽)」、「意欲」、「記憶」、そして「自律神経活動」に関与する複数の脳領域の総称です。

進化の過程で古くに発達した部位であることから「古い脳」「哺乳類脳」とも呼ばれます。 理性を司る「大脳新皮質」とは対照的に、私たちの生存に直結する本能的な衝動を生み出す源泉であり、人間理解において最も重要なシステムの一つです。

1. 【定義と場所】「辺縁」という名の由来

定義

脳梁を取り囲むように位置する、大脳の内側面にある一連の構造物。 ラテン語の「Limbus(辺縁、ふち)」に由来し、脳幹と大脳新皮質の「境界(辺縁)」にあることから名付けられました。

主な構成領域

辺縁系は単一の臓器ではなく、機能的に連携したチームです。

海馬(Hippocampus)記憶の形成

扁桃体(Amygdala)恐怖・情動の処理

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帯状回(Cingulate Gyrus)感情の調整・痛み

視床下部(Hypothalamus)食欲・性欲・睡眠などの生理的欲求

2. 【機能】「たくましい野生の馬」

大脳辺縁系の役割を一言で言えば、「生存(個体維持)」と「種の保存」のためのドライビングフォースです。

① 情動(Emotion)の生成

「快か不快か」「好きか嫌いか」を瞬時に判断します。 これは論理的な思考(新皮質)よりも速く、敵から逃げたり、食べ物を得たりするための即座の行動決定に役立ちます。

② 記憶(Memory)の形成

「楽しかった」「怖かった」という強い情動を伴う体験は、辺縁系(扁桃体)が海馬を刺激することで、長期記憶として強く刻まれます。 これは「危険な場所には近づくな」「美味しい場所を覚えろ」という生存戦略です。

💡 【コラム】騎手と馬の関係

脳の構造は、よく「馬と騎手」に例えられます。

  • 馬(大脳辺縁系):力が強く、衝動的で、エネルギーに満ち溢れている(本能)。
  • 騎手(大脳新皮質・前頭前野):手綱を握り、馬を正しい方向へ導こうとする(理性)。

馬(辺縁系)が元気でなければ人生に進む力(意欲)は湧きませんが、馬が暴れすぎると騎手(理性)は振り落とされ、パニックや依存症といった事故を起こします。 脳の健康とは、この「人馬一体」のバランスが取れている状態を指します。

3. 【進化】三位一体脳モデル

なぜ私たちの脳には、理性と本能という相反するシステムが同居しているのでしょうか?
ポール・マクリーンが提唱した「三位一体脳説」が分かりやすいヒントを与えてくれます。

第1層爬虫類脳(脳幹)

「生きていく脳」。呼吸、心拍、体温調節など、生命維持を司る反射的な脳。

第2層旧哺乳類脳(大脳辺縁系)

「感じる脳」。仲間との集団生活、愛情、恐怖、闘争など、情動と記憶を司る脳。

第3層:新哺乳類脳(大脳新皮質)

「考える脳」。言語、論理、計画、創造性を司る、人間で最も発達した脳。

⚠️ 補足:現代の解釈

現在では、脳の進化はこれほど単純な「積み木構造」ではないことが分かっていますが、脳の機能的な階層性を理解するための概念モデルとしては、今なお非常に有用です。

4. 現代社会とのミスマッチ

大脳辺縁系は、数万年前の「狩猟採集時代」に最適化されたままです。
現代社会において、この「古い脳」はしばしば誤作動を起こします。

高カロリーへの渇望

食料が乏しかった時代、糖質や脂質(ドーパミン源)を見つけたら「あるだけ食べる」のが正解でした。 しかし、飽食の現代で辺縁系が同じ指令を出せば、肥満や生活習慣病に直結します。

慢性的なストレス反応

猛獣に襲われる「一過性の恐怖」に対応するための扁桃体システムが、終わりのない「将来への不安」や「人間関係」に反応し続けることで、うつ病や不安障害を引き起こします。

まとめ

大脳辺縁系は、私たちが「人間らしく」あるための情動の源泉であり、生きるエネルギーそのものです。
「本能を抑え込む」のではなく、「馬(本能)の性格を知り、うまく手綱をさばく」。
そのために、前頭前野(理性)を鍛え、マインドフルネスなどで脳の興奮を鎮める習慣が大切なのです。