【脳科学】積読・積みゲーは「意志の弱さ」ではない。なぜ私たちは「買っても消費しない」ことで満足できるのか?

【脳科学】積読・積みゲーは「意志の弱さ」ではない。なぜ私たちは「買っても消費しない」ことで満足できるのか?

年末年始のセールシーズン。「90%OFF」の文字に踊らされ、Steamでゲームを買い込み、AmazonでKindle本をポチる。
そしてふと我に返り、こう思うのです。

「……これ、いつやるんだ?」

既にプレイしていないゲーム、読んでいない本が山のようにあるのに、また増やしてしまった。
「自分はなんて意志が弱いんだ」「無駄遣いをしてしまった」と自己嫌悪に陥っていませんか?

安心してください。
脳科学と心理学の観点から言えば、「積読(つんどく)」や「積みゲー」は、脳の正常な反応であり、むしろあなたの「知的好奇心の豊かさ」の証明です。

今回は、この現象のメカニズムを解明し、その巨大なライブラリを「罪悪感の塊」から「可能性の宝庫」へと変えるためのマインドセットを紹介します。


第一章:脳は「決済ボタン」を押した瞬間に満足する

なぜ、買った瞬間の熱量は、届いた瞬間に冷めてしまうのか。
それは、脳内物質「ドーパミン」の仕組みに原因があります。

ドーパミンは「快楽物質」と呼ばれますが、正確には「期待物質」です。
報酬が手に入った時ではなく、「もうすぐ手に入りそうだ!」と予期した時(予測誤差)に最も多く分泌されます。

  • 欲しい本を見つけた瞬間: ドーパミン放出(ワクワクする)
  • 決済ボタンを押した瞬間: ドーパミン最大化(ピーク)
  • ダウンロード完了・配送到着: ドーパミン減少(賢者タイム)

つまり、脳にとっては「買うこと(狩猟)」と「読む/遊ぶこと(消費)」は、全く別のエンターテインメントなのです。
「買ったのにやらない」のではなく、「買うという遊び」はそこで完結している。そう割り切ってしまえば、罪悪感を持つ必要はありません。


第二章:私たちは「理想の自分」を買っている

もう一つの理由は、「自己投影(アイデンティティ)の購入」です。

  • 難解な哲学書を買う時、あなたは本そのものではなく「哲学書を読むような知的な自分」を買っています。
  • 長編RPGを買う時、あなたは「冒険心あふれる自分」を買っています。

決済が完了し、ライブラリにそのタイトルが並んだ瞬間、あなたの脳は錯覚します。
「よし、私はこういう高尚な人間になったぞ」と。

所有しただけで「理想の自分」に近づいた気がして、自己肯定感が満たされてしまうため、実際に中身を消費する必要性が薄れてしまうのです。
しかし、これも悪いことではありません。積みゲーの山は、あなたが「こうありたい」と願う、未来への希望のリストなのです。


第三章:「アンチライブラリー」という最強の言い訳

では、この「積まれた山」をどう捉えればいいのでしょうか。
ここで紹介したいのが、「アンチライブラリー(反蔵書)」という概念です。

『ブラックスワン』の著者ナシーム・タレブは、イタリアの作家ウンベルト・エーコの膨大な蔵書についてこう語りました。
「読んだ本は貴重だが、読んでいない本(アンチライブラリー)はもっと貴重だ」と。

読んだ本は「既に知っていること」に過ぎません。
しかし、本棚に並ぶ「まだ読んでいない本」は、「自分がまだ知らないことが、こんなにある」という事実を常に突きつけてくれます。
これが知的謙虚さを生み、好奇心を刺激し続けるのです。

あなたのSteamライブラリや本棚にある「積み」は、未処理タスクの山ではありません。
あなたの世界を広げるために待機している「研究室」なのです。


まとめ:それは「ワインセラー」である

結論として、積読や積みゲーは「罪」ではありません。
それは「いつでも好きな時に、その世界にアクセスできる権利」を持っているという、精神的な「富」です。

ワインセラーにワインが沢山あるのを見て、「まだ飲んでない!どうしよう!」と焦る人はいませんよね?
「今日はどれを開けようかな」と選べる楽しさがあるだけです。

あなたのライブラリも同じです。
無理に消化しようとせず、熟成させておきましょう。
人生のどこかのタイミングで、「あ、今こそこれだ」と栓を抜く日が必ず来ますから。