セロトニンとは?精神を安定させる「脳内の指揮者」の生理学的機能とメカニズム

セロトニンとは?精神を安定させる「脳内の指揮者」の生理学的機能とメカニズム

はじめに

セロトニン(Serotonin)とは、脳内の神経伝達物質の一つであり、ドーパミン、ノルアドレナリンと並んで「三大神経伝達物質」と称されるモノアミン類です。

一般的に「幸せホルモン」という通称で知られていますが、神経科学的な本質は、快楽を与えることではなく、「精神の安定(平常心)」をもたらし、他の神経活動の暴走を抑制する「調整因子」としての働きにあります。 この記事では、セロトニンの生合成、脳内での神経調節機能、および欠乏がもたらす精神疾患や睡眠障害との関連性について解説します。

1. 【定義と産生場所】脳幹からの広範投射系

定義

化学名は「5-ヒドロキシトリプタミン(5-HT)」。必須アミノ酸であるトリプトファンから合成されるインドールアミン系の物質です。 人体内の総セロトニンの約90%は消化管(腸クロム親和性細胞)に存在し、脳内の中枢神経系に存在するのはわずか2%程度ですが、この微量が精神活動の制御に不可欠な役割を果たしています。

場所(脳内) 

脳幹の正中線に位置する「縫線核(ほうせんかく|Raphe Nuclei)」にセロトニン作動性ニューロンの細胞体が存在します。 ここから大脳皮質、大脳辺縁系、視床下部、脊髄など脳全体に向けて軸索を伸ばし、シャワーのように広範囲へセロトニンを放出(広範投射)しています。

2. 【機能】神経活動の抑制と調整

セロトニンの主要な生理機能は、他の神経伝達物質の活動を制御し、過剰な興奮を抑制することにあります。

① 情動の鎮静と安定化

「ドーパミン(報酬系・意欲)」や「ノルアドレナリン(危機管理・興奮)」が過剰に放出されると、衝動的な行動やパニック状態を引き起こします。 セロトニンはこれらの受容体に作用して過活動を抑制し、精神的な「平常心」や「衝動の制御」を実現します。

② 覚醒レベルの調節と抗重力筋の維持

覚醒時には縫線核からの発火頻度が高まり、大脳皮質を覚醒状態に保ちます。 また、脊髄への投射を通じて抗重力筋(背筋や眼輪筋など)の緊張を維持し、姿勢や表情を支える役割も担っています。

💡 【コラム】脳内物質による「幸福」の違い

「幸せ」を感じる時、脳内で働いている物質によってその「質」は異なります。セロトニンは「静的な幸福」を担当します。

ドーパミン的幸福(成功)

「やった!」「もっと欲しい!」という高揚感。報酬や達成によって得られますが、持続時間は短く、依存性があります。

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オキシトシン的幸福(つながり)

「ほっとする」という安心感。スキンシップや信頼関係によって分泌されます。

セロトニン的幸福(安定)

「清々しい」という安らぎ。心身が健康である時に感じるベースラインの幸福感で、持続性があります。

3. 【病理】欠乏によるリスクとメラトニン代謝

セロトニン神経系の機能低下は、メンタルヘルス不調の直接的な要因となります。

うつ病・不安障害(モノアミン仮説)

うつ病の原因の一つとして、シナプス間隙におけるセロトニン濃度の低下が挙げられます。 これにより、情動のブレーキが効かなくなり、不安感の増大、意欲の低下、衝動性の亢進といった症状が現れます。

睡眠障害(メラトニン前駆体)

日中に合成・分泌されたセロトニンは、夜間になると松果体にてアセチル化・メチル化され、睡眠ホルモンである「メラトニン」へと代謝されます。 したがって、日中のセロトニン不足は、夜間のメラトニン不足(不眠)に直結する生化学的な因果関係があります。

4. 生合成と活性化のメカニズム

セロトニンは体内で貯蔵できる量に限りがあり、日々新たに合成する必要があります。その合成と放出には、特定の環境要因が関与します。

① 光刺激による合成促進

網膜から入った光信号が縫線核を刺激することで、セロトニンの合成酵素が活性化します。 特に照度2,500ルクス以上の光(朝の日光など)が有効とされています。

② リズム運動による神経賦活

歩行、咀嚼、呼吸といった「一定のリズムを刻む運動」を行うと、中枢のパターン発生器(CPG)と連動して縫線核の活動レベルが上昇します。

③ 前駆物質トリプトファン

セロトニンの原料となる必須アミノ酸「トリプトファン」は、体内合成ができないため、食事からの摂取が不可欠です。

💡 【コラム】「脳の指揮者」を整える習慣

セロトニンの役割は、オーケストラの「指揮者」に例えられます。 ドーパミン(金管楽器)やノルアドレナリン(打楽器)が暴走しないよう、全体を調和させる役割です。

この指揮者を活性化させるための具体的なアクションは以下の通りです。

  • 日光浴:起床後30分以内にカーテンを開ける。
  • リズム運動:ガムを噛む、一定のペースで散歩する。
  • 食事:大豆製品、バナナ、乳製品などを意識して摂る。

まとめ

セロトニンは、単なる癒やし物質ではなく、脳全体の機能を最適化し、精神の恒常性(ホメオスタシス)を維持するための重要な調整因子です。

ドーパミンによる「意欲」も、ノルアドレナリンによる「危機管理」も、セロトニンによる「安定した基盤」があって初めて正常に機能します。
脳科学的な観点からも、規則正しい生活と日光浴は、メンタルヘルス維持のための最も合理的な投資と言えます。