
はじめに
メラトニン(Melatonin)とは、脳の松果体(しょうかたい)から分泌されるインドールアミン系のホルモンです。
一般的に「睡眠ホルモン」として知られていますが、その生理学的な本質は、単なる催眠作用ではなく、光環境に応じて生体の時間軸を調整する「概日リズム(サーカディアンリズム)の制御因子」としての機能にあります。 日中の光によって分泌が抑制され、夜間の暗闇によって促進されるという特性から、別名「ドラキュラホルモン」とも呼ばれるこの物質のメカニズムについて解説します。
1. 【定義と生合成】セロトニンからの代謝経路
定義
化学名は「N-アセチル-5-メトキシトリプタミン」。 脳の奥深くに位置する内分泌器官である「松果体(Pineal Gland)」から、血中および脳脊髄液中へ分泌されます。
生合成のプロセス
必須アミノ酸のトリプトファンから、日中に「セロトニン」が合成されます。 夜間になると、松果体において酵素(NATなど)の働きにより、セロトニンがN-アセチルセロトニンを経て「メラトニン」へと代謝されます。 つまり、生化学的には「日中に蓄積されたセロトニンが、夜のメラトニンの原料となる」という密接な関係にあります。

🧛♂️ 【コラム】ドラキュラホルモン
メラトニンは、周囲が暗くなると分泌が開始され、深夜(午前2時〜4時頃)にピークを迎え、朝になって光を浴びると急速に消失します。 「光を嫌い、夜の闇の中だけで活動する」という性質から、科学者の間では親しみを込めて「ドラキュラホルモン」と呼ばれています。
2. 【生理機能】リズム調節と体温低下
メラトニンは、視床下部の視交叉上核(しこうさじょうかく:体内時計の中枢)からの信号を受けて機能します。
① 深部体温の低下(催眠作用)
メラトニンが受容体に結合すると、末梢血管を拡張させて放熱を促し、身体の中心部の温度(深部体温)を低下させます。 恒温動物である人間は、深部体温が急激に下がるタイミングで強い眠気を感じるため、これが自然な入眠のスイッチとなります。
② 概日リズムの同調(位相変位)
体内時計の周期(約24.2時間)と、地球の自転周期(24時間)のズレを修正する役割を担います。 夜間にメラトニン濃度が上昇することで、全身の細胞に対して「現在は夜である(休息期である)」という時刻情報を伝達し、代謝活動を同調させます。
✨ 【コラム】最強の「抗酸化物質」
メラトニンの意外な役割として、強力な「抗酸化作用(フリーラジカルの除去)」があります。 その能力はビタミンE以上とも言われ、脳神経細胞を酸化ストレスから守る役割を担っています。 「質の高い睡眠がアンチエイジングになる」と言われるのは、成長ホルモンだけでなく、このメラトニンの細胞修復力が働いているからです。
⚠️ 【コラム】現代の脅威:ブルーライトとipRGCs
なぜ「寝る前のスマホ」がいけないのでしょうか? 網膜には、視覚とは別に光の強さを感知する「内因性光感受性網膜神経節細胞(ipRGCs)」が存在します。

この細胞は特に「ブルーライト(波長460-480nm)」に敏感に反応し、脳に対して「今は昼だ!メラトニンを作るな!」という強力な抑制信号を送ります。 現代人の不眠の多くは、夜間のデジタルデバイスによって、松果体の機能が強制停止させられていることに起因します。
💡 【コラム】分泌を最大化する戦略
メラトニンを味方につけるには、朝と夜のメリハリが重要です。
- 朝の貯金:原料はセロトニンです。午前中に日光を浴びてセロトニンを十分に合成しておくことが、夜の快眠への投資になります。
- 夜の演出:夕方以降は室内の照度を下げ、暖色系(オレンジ色)の照明に切り替えることで、自然な分泌開始を促すことができます。
まとめ
メラトニンは、私たちの生命活動を地球の自転サイクルに同調させるための、精巧なバイオロジカル・クロックの鍵です。
良い睡眠とは、ベッドに入ってから作るものではなく、朝起きて光を浴びた瞬間から準備が始まっています。
「昼は光の下で活動し、夜は闇に沈む」。
この生物としての基本原則を取り戻すことが、脳と体の機能を守るための最も合理的な戦略です。















