
「なぜ、人は浮気をするのか?」
これは、人間の歴史において、最も古く、そして最も感情を揺さぶる問いの一つです。
私たちはつい、それを「倫理観」や「性格」だけの問題として片付けがちです。
しかし、もし、その行動の引き金の一部が、私たちの「脳の仕組み」や「ホルモンの働き」によって引かれているとしたら…?
今回は、この非常にデリケートな問題を、決してゴシップとしてではなく、あくまで「人間の本質」を探るための、知的な探求として、脳科学と進化心理学の視点から、冷静に解き明かしていきます。
【第1章】鍵を握る、2つのホルモン:「オキシトシン」と「バソプレシン」
まず、私たちが「愛情」や「絆」を感じる時、脳内では特定のホルモンが働いています。
- オキシトシン: 主に女性において、出産や授乳、あるいはパートナーとのスキンシップによって分泌され、「愛着」や「信頼感」を生み出すホルモンです。
- バソプレシン: 主に男性において、縄張り意識や、パートナーを守ろうとする「防衛本能」に関わるホルモンです。
実は、これらのホルモンの「受容体(受け皿)」の量が、脳のどの部分に、どれだけ存在するかには、遺伝的な個人差があることが分かってきています。
ある研究では、このバソプレシンの受容体が少ないオスの浮気率が高いことが示唆されており、これは、私たち人間にも、「生物学的に、絆を感じやすい脳か、そうでない脳か」という、生まれつきの傾向が存在する可能性を示しています。
【第2章】新しい刺激を求める脳:「報酬系(ドーパミン)」の罠
次に、「浮気」という行動が、「快楽」とどう結びついているかを見てみましょう。
私たちの脳には、何か新しいことや興奮することを経験すると、「快感」を感じさせる「報酬系」という回路があり、そこでは「ドーパミン」が活躍します。
- 新しいパートナーとの出会い、秘密の関係のスリル。
- これらは、脳の報酬系を強烈に刺激し、ドーパミンを放出させます。「また、あの快感が欲しい」と、脳がその刺激を求めてしまうのです。
この「新しい刺激への渇望」の強さにも個人差があります。常に新しい体験を求める脳の持ち主(ビッグファイブの「開放性」が高い人など)は、そうでない人に比べ、この「報酬系の罠」に、はまりやすい傾向があるかもしれません。
【第3T章】最後の砦:「前頭前野」という、理性のブレーキ
ホルモンが絆の強さを左右し、ドーパミンが快楽を求めるとしたら、私たちは、ただの動物なのでしょうか?
いいえ、違います。
私たち人間には、他の動物よりも圧倒的に発達した「前頭前野」という脳の領域があります。ここは、いわば「理性のブレーキ」です。
- 「浮気をしたい」という衝動(報酬系)が湧き上がった時。
- 「いや、待て。それを実行すれば、パートナーを深く傷つけ、社会的な信用も失う」と、未来の結果を予測し、その衝動を抑え込む。
この「前頭前野」のブレーキの強さこそが、人間を人間たらしめている最後の砦なのです。
【まとめ】脳は「傾向」を示すが、行動を決めるのは「あなた」
脳科学や進化心理学は、「あの人は、こういう脳だから浮気をする」と断定するものではありません。
それは、あくまで「こういう傾向(TENDENCY)があるかもしれない」という、可能性を示唆するに過ぎません。
生まれつき、絆を感じにくい脳のタイプかもしれません。
新しい刺激に、人一倍ワクワクする脳かもしれません。
しかし、その「傾向」を理解した上で、最終的にどんな「行動(ACTION)」を選ぶかは、その人の前頭前野、つまり、その人の「理性」と「価値観」に委ねられています。
浮気は、決して脳のせいにはできません。
しかし、人間の脳に、そのような「不実」へと誘うメカニズムが、生物学的なシステムとして組み込まれている、という事実。
それを知ることは、パートナーや自分自身への、より深い理解に繋がる、知的な第一歩となるはずです。