【白猫怪談】隣市の心霊スポット1

隣市の心霊スポット1【白猫怪談】

日曜日の夕方、バイト先の店長に頼まれて、紗希さんの店の手伝いに行くことになった。
僕は西町にある、「利休」という小さな酒屋でアルバイトをしている。その酒屋を経営しているのが宮田勝治、秋絵夫妻である。二人とも50代前半で、僕には、実の息子のようにとてもよくしてくれていた。
そんな宮田夫妻が、これまた実の娘のように溺愛しているのが件の紗希さんだ。
紗希さんはオンリーというバーを経営している。利休の得意先でもある。
紗希さんが、店の模様替えを思いついたらしく、実働部隊として、店長を介して僕を手伝いによこしてほしいと依頼があったのだそうだ。
「操くん、本当に申し訳ないんだけど、ちょっと紗希ちゃんの店の手伝いをしてきてくれないか?」
遅い昼ごはんを終わらせ、まどろんでいたところに店長から電話があった。
バーテンの仕事なんかできないですよ。と応じたが、どうやら力仕事だということで、僕は快諾した。快諾した理由は2つ。他ならぬ店長の依頼だということと、紗希さんに会えるという下心である。
紗希さんとは、僕が利休でアルバイトを始めた時からの付き合いである。僕のことを弟のように可愛がってくれている。
僕は密かに紗希さんに好意を寄せており、いつかはこの思いを伝えたいと思っているのだが、なかなかそうできずにいる。
今回は、そんな紗希さんにプライベートで会えるということで、店長から話があった時には、心の中でガッツポーズを決めていた。
店長からの電話を受けながら身支度をし、話を聞き終わるや否やアパートを飛び出して、紗希さんの店に向かった。
紗希さんの店、バー・オンリーは南通の雑居ビルの1階にある。6人が座れるカウンターと4人がけのボックス席が1つという比較的小さい店だが、それなりに繁盛しているようだった。
僕のアパートからそれほど遠くない。歩いても20分、自転車なら5分もあれば到着する。
「今日は頼むよ。少年。」
店のドアを開けると、紗希さんが切長の目で僕を見つめながら出迎えてくれた。
ジーンズにパーカーというカジュアルな格好をみたことがなかったので、ちょっと新鮮な感じだ。
「任せてください。力仕事なら得意ですから。」
店内を見回すと、僕と紗希さんの他にもう二人ほどいた。
この店の常連客の須藤さんと、アルバイトの有紗さんだ。
二人とも一心不乱に掃除をしている。彼らも模様替えに招集されたのだろう。
紗希さんは僕たち3人にテキパキと指示を出し、8時頃には模様替えが終了した。
「さきー、お腹減った。ピザが食べたい!」
有紗さんが紗希さんに懇願する。紗希さんもそれにうなずき、須藤さんに熱い視線を送る。
須藤さんは、目つきが鋭く、ちょっと近寄りがたい30前後の男性である。紗希さんと有紗さんからは「かっちゃん」と呼ばれている。
紗希さんの熱い視線を受け、須藤さんは少しいぶかしむようにしている。
「かっちゃん、有紗、ピザが食べたい。」
有紗さんが須藤さんの腕に絡み付きながら猫撫で声を出している。
紗希さんもどこからかピザ屋のチラシを出してあれこれ言っている。
「操も食べたいよね。」
有紗さんが僕を凝視して真剣な顔で訴えかけてくる。
須藤さんも観念したようで、諦めたように有紗さんと話をしている。
30分もしないうちにピザが配達された。紗希さんが須藤さんから財布を奪い取り、支払いをしている。
僕たち4人は模様替えしたてのボックス席でグラスを片手にピザをいただくことになった。
僕は紗希さんの隣に陣取り、ピザを食べる。とても幸せな時間だ。
しばらく、4人で取り止めもない話をしていたところに、ふと、有紗さんが昨日、知り合いの男性から聞いたという話を始めた。
その男性曰く、友人とその彼女が二人で肝試しに行ったのだそうだ。
場所は、隣市にある県内でも有名な心霊スポット。ホテルが廃業し、廃墟となったものなのだが、昔から有名な心霊スポットで、雑誌にもよく取り上げられる県内屈指の心霊スポットだ。
特にその地下にはいくつかの部屋があるのだが、「椅子の部屋」と呼ばれる部屋が特に危ないのだそうだ。
その部屋の真ん中には椅子が一つ置かれており、その他には何もないのだという。
そのカップルはその椅子の部屋まで行き、確かに椅子しかないことを確認し、写真撮影をして引き上げようとした時、入り口のドアが急に開き、そこに白いワンピースを着た女が立っていたのだそうだ。
よく見ると顔やワンピースには血がついており、その顔がカップルを見てニタッと笑い、消えていったのだそうだ。
有紗さんはその知り合いの男性に、一緒にそのスポットに行ってみないかという誘いを受けたのだそうだ。
有紗さんは僕よりも1つ年上の女性で、紗希さんと同じく切長の目をした美人だ。笑顔が可愛く、年下の面倒見もいい。普段は駅ビルの服屋で働いているが、紗希さんの店が忙しい時には店の手伝いをしている働き者だ。紗希さんとは幼馴染で、紗希さんのことを姉のように慕っており、僕のことは弟のように思ってくれている。
「ね、紗希、やばいでしょ?」
何か誇らしげに有紗さんがいう。
紗希さんは少し考え、グラスをぁけてから、その男の話が作り話であることと、遠回しなデートの誘いであるという話をした。
「うん。正直行きたくないんだよね。あの人、ちょっと苦手でさ。」
有紗さんはそんなことを言いつつ、どうして作り話なのかを紗希さんに質問した。
紗希さん曰く、そもそもワンピースの女の現れ方がおかしいのだという。
「ドアが急に開いて現れたんでしょ?だとしたらそのカップルは部屋に入った上で、わざわざドアを閉めたってことだよね。そんなことする?」
グラスにワインを注ぎながら、紗希さんは続ける。
「それにさ、血だらけのワンピースって、よくみなくても気づくというか、まず目に入ることでしょ?」
そこまで言ってワインを煽った。
有紗さんは、言われてみれば確かにというリアクションをとりながらピザをひときれ一気に口に含む。
「でもあそこってほんとに出るんですよね?」
僕もその心霊スポットの話はいろいろと聞いていたので聞いてみた。紗希さんは、「どうだろうね。」という顔でピザをほおばる。有紗さんも心霊スポットというよりは、どうやって誘いを断ろうかという話題に入っている。
「行ってみようか?」
急に紗希さんが誰にともなく提案する。有紗さんは、紗希が行くなら行ってもいいよという反応を返す。もちろん僕も紗希さんが行くんなら行く以外の選択肢はない。
「ね、かっちゃんも行くでしょ?」
紗希さんが須藤さんに問いかける。
しかし須藤さんは、天井を見ながらタバコを蒸し、そっけなく断った。
須藤さんと一緒に飲むのは初めてだが、とても静かな人だ。悪い人ではないのだろうが、紗希さんには毒づいた物言いしかしていない。いつものことなのだろう。紗希さんもそれを普通に受け流している。
「かっちゃん、行こうよ。ね?」
有紗さんが甘えるようにいう。
須藤さんも有紗さんには弱いのか、しばらく考えるそぶりをした。しかし、答えは先ほどと同じであった。
「なんで?有紗のこと嫌いなの?」
有紗さんがそう言いながら須藤さんに絡む。何か話の筋がずれているようにも感じるが、「興味がないだけだ。」と須藤さんが言ってのける。
有紗さんが自分ことに興味がないのだと勘違いし、なんだか寂しそうな顔になる。
「有紗が泣きそうになってるよ。どうするの?」
紗希さんに言われて須藤さんも渋々といった感じで有紗さんに謝罪し、そういうつもりではなかったという旨を説明する。
そして、話を逸らすように、ふと椅子の部屋のことについて話し出した。
「ところで、どうして椅子が真ん中にあるんだ?」
須藤さんはどうやら部屋の真ん中に椅子があるという状況が気になってしょうがないのだという。雑誌で取り上げられるほどの心霊スポットなら、物好きが何人も訪れるはずだ。中には、物を壊したりするものもいるはず。そんな中、椅子が部屋の真ん中をキープしている状況に、興味をもっているようだった。
「椅子って丸椅子なのか?倒れたりしてないのか?」
イタズラを思いついた少年のような顔をして、さらにいろいろと椅子について話し続けている。
「首吊り自殺があったって聞いたよ。その時に椅子が使われたんじゃない?」
有紗さんが須藤さんを遮って話し出す。
以前、そのホテルで若い女性の首吊り自殺があったとか、女子高生の遺体が見つかったという話を僕も聞いたことがある。真偽は定かではないが、まあ、そういうことがあってもおかしくはないだろう。そして、その椅子がその時に使われたとしてもおかしくはない。
しかし、紗希さんも須藤さんも、それはおかしいという。
件のスポットで首吊りのロープがどうこうという話を聞いたことがないし、もし、ロープを撤去したのだとしたら、椅子も一緒に撤去するだろうということだった。
「その男の人と行くんだよね?」
須藤さんはちょっと意地悪そうな表情を有紗さんに向けている。そして、その時に写真を撮影してくるよう頼んでいる。
有紗さんはむすっとして「行くわけないじゃん。」と、須藤さんをこづく。
「かっちゃんも気になるんでしょ?じゃあ行こ?」
有紗さんが須藤さんに、まるで子供のようにいう。ちょっと可愛い。須藤さんもこの状況を楽しんでいるように見えなくもない。
それから数十分程度、須藤さんの防戦が続いた。全く行く気がない須藤さんだったが、二人の女性に押し切られ、次の土曜日に4人で行くことになった。

私がこの記事を書いたよ!

テリー

いつも自由にやらせてもらってますが、最近、健康のことにも気を使わないとなと思い、ブログを書きながら、自分自身も健康に対する意識を高めてみようかなと考えています。あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家資格を持っているので、体のことや健康のことにはそれなりに詳しいです。 なぞなぞと手品が大好きです。

トップへ